EVE Onlineで航海をする一人のAmarr人社長の記録
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フォーラムサーフィン(allyの仕事上これ結構重要)中にEVEプラモ(レジンキット)の続報を発見。
http://myeve.eve-online.com/ingameboard.asp?a=topic&threadID=878835
お、ついに欧米諸国のご家庭に届き始めたか、と思って写真を見てたら、どこかで見たことがある投稿者。
何度か前にも書いているnails君でした。彼は前にリアルで会ってtokyoを案内しました。しかも二年連続できました。(また来るのかな)あほほど金を使ってたが大丈夫なのだろうか。高級ホテルに泊まってたし。
まぁとんでもないコレクションを誇る(向こうのオタクイベントでコレクション自慢かなんかで入賞してた)、彼の部屋にまた高い品が並ぶことになったというわけですな。
見事にEVE model、全部買ってます。金持ちめ!

箱にあるシールを見る感じだと、Faction Ship版だけじゃなくノーマル版も出るようですね。
APOCが黒いのはNavy版だから。私はノーマルが欲しいな。(ちなみに彼はノーマルは要らないらしい)
ちなみにこれ全長30cmほどあるようで、結構大きめ。あとだいぶ重いと彼が言ってました。
このModelはアメリカから発送されるそうで、ヨーロッパのプレイヤーもそこから買わなきゃいけないみたい(現状)。台座が鉄でモデル自体がレジンなので重いんでだいぶ送料かかりそうな・・・

フォーラムにこんな書き込みが。
”Nerds with money = utter Catastrophe
Why not spend that money on clothes or a personal trainer”
(金持ちオタク =完璧にどうしようもない なぜ金を、服とかトレーニングに使わないんだ?)
これに対しNails君は、
”Already have both, and a skyline in the garage.”
(どっちも持ってるぜ。スカイラインもガレージにあるし。)

まぁ事実だな!

ちなみに箱の写真の裏に見えるポカリスウェットは日本で買ったものです。アメリカでは売ってないらしい。

で、Harbingerはいつ出すのかね、CCP


追記
ノーマル版も入手した方がいらっしゃるようです。これはnails君所有ではないですが、
http://myeve.eve-online.com/ingameboard.asp?a=topic&threadID=878218
あれ・・・・

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テーマ:EVE Online(CCP) - ジャンル:オンラインゲーム

最近、Amarr Navyに見切りをつけ、違う仕事先を探した。
理由は、Amarr Navyは私を最前線に送ろうとしたからである。
危険な仕事は構わないのだが、できれば今は、外宇宙には行きたくない。不便であるし、無法地帯だからである。

そこで私はAmarr帝国ないでの地位向上を図ることも兼ねて、
帝位継承者一族に近づくことにした。
(継承者のことはEVE wikiで)

彼らは地方領主のような存在だ。金払いもいいだろうし、活動範囲も安全なところばかりである。

私が目をつけたのはSarum Family。
Sarumは最も好戦的な皇族であり、常に戦争を望んでいる一族だ。
また、Amarr内軍需産業にも大きな力を持っている。
彼らはいつもフリーのポッド・パイロットを探している。
戦闘を主な収入源とするパイロットにはもってこいの仕事先だろう。
Amarr人であるならば、海軍で働くより、Sarumで働くほうが賢い選択であると考える。外宇宙に左遷されたければ別の話だが。
jamyl.png

その頭首Jamyl Sarumは唯一の女性継承者であった。
そう、彼女は過去の人なのだ。
死因はよく知らないが、彼女は戦争の大臣というべき存在で、
Amarrが征服政策を捨てたことを彼女は間違えであるとしていた。
美しい女性であったが、戦争狂だったのだ。
Sarum一族の思想を代表するような人物だったというわけだ。

というわけで、私はSarum一族を仕事先とした。
貴族が領主から仕事を得るというスタイルは多少おかしいが、
所詮私は一応貴族。軍隊経験を生かせる仕事をしなくては。

現在、Sarum一族の代表が決まっていない状態である。
比較的地位向上が図りやすいと思わんかね?


私はインドの東を航行していた。
インドで雇った船員が、もっと東に行けば、生糸をたくさん出す島があるという。

仕立て屋としては非常に興味深い話だ。
私はさらに東へ向かった。雨が降ってきた。

夜になった。嵐が酷い・・・先に進むなといわんばかりだ。

朝になった。これはまずい、まだ嵐だ。食料とて無限にあるわけではない。うまく分けているが、これ以上嵐が続くと危険だ。

昼、船に限界が来たようだ。浸水が止まらない。

夜、神に祈るしかない。キリストでもいい、アッラーでもいい、インドの異教の神でも構わん、誰か助けてくれ。




フリオ・ビエルサはベンガル湾東で消息を絶った。

(ちょいと忙しくなったんで、大航海を一時離れますぜ!商会員のみなさん、もしどうしても縫製とか、商会の都合(公認商会?)などで必要とあらばお呼びください。来年には戻れると思います~)

インドから帰還しセビリアをぶらぶらしていた。
商会員とトチエ(とちえ)殿からの依頼で船の部品をカリブまで行き製作しに行った。開拓地での製作しか許可されていなかった。

帆の製作には慣れた。大きく、強い帆が作れるようになった。
そして、またセビリアへ帰る。トチエ殿が作ったマストなどを分けてもらった。船倉に入れておく。大きなマストだ。新しい船を新造するときに使うとしよう。

セビリアをまたぶらつく。銀行の前でサイコ・マイクロ殿に会った。
サイコ殿はイスパニアきっての精鋭で、幾多の戦いを潜り抜け、さらに不審船(中華舟)を襲撃し海の藻屑にしておられる方である。
私が以前海賊をしていたころ知り合った方だ。
サイコ殿曰く、北欧で開発された新型重ガレーが恐ろしい性能を持っているとのこと。その新型船はロンドンかアントワープのみで作られている。あいにく両国ともに関係は悪い。特にイングランドはなんどか商船を拿捕しているので・・・こっそり進入しよう。

船の紋章をはずし、黒龍(我が商会)所属であることを隠す。紋章をはずした中型船で向かう。大型船では目立つことが避けられないからだ。
セビリアから食料と水だけを積み一路ロンドンへ。マリア殿から譲り受けた中型船「コルヴェット」の船足は非常に軽快でたった数日でロンドンに着いた。こりゃあいい船だ。

ロンドンの造船所に目立たぬように歩く。しまった、変装する服を忘れた。手元にはインドのシルクで作った売り物のトーガしかなかった。
nusumimi.jpg

造船所ではさまざまな船が作られていた。目立たぬよう観察する。
設計図さえ見れればいいのだが。如何せん造船の知識がないものでどれがどれだか。まぁ、すでに造船屋に依頼をしているのだが。
アムステルダムの造船屋の知り合いに来てもらった。彼女ならここで設計図を自由に見、造船できる。イスパニア人ではないが、イスパニア人と非常に深い関わりのある方だ。国秘蔵の造船法を提供してもらったため名前は明かせない。(と、まぁイスパの方の2ndなわけですが。)
私が作った帆とトチエ殿が作ったマストとさらにウー(www)殿に作っていただいた船体を使って組み立ててもらうのだ。

造船が終わるまでロンドンに滞在した。霧に覆われどんよりとした陰気な街だ。飯が不味い。とくにハギスは最悪だ。ロンドンにいくようなことがあればハギスはオススメしない。(ハギスについてはここを参照

二十日あまりで完成。今回はご好意で大変安く造船してもらった。感謝せねば。しかし、基本価格が高かった。海賊時代に稼いだ金をすべて合わせても買えるものではなかった。いまは紡績商であるから何とか金に不自由はなかったが。
さぁ、新造船にのって出航。帆を染め忘れたが、まぁよい。紋章を掲げそそくさとロンドンを出航。追われたとしても追いつかれまい。


なかなかいい滑り出しだ。これなら海賊船としても使えそうだ。
この船には大型の特注ラム(酒ではないぞ)がついているそうで、そのラムを食らったらどんな船でもひとたまりもないそうな。
非常に興味深い。今度いろいろと調べてラムの研究レポートを書くとしよう。

イスパニアのために他国船を沈めることになるかもしれない。

長くなった。今日はこのあたりで書くのをやめるとする。

私はまだインドに留まり織物を織っている。
当初、仕立道具(ベルベットなどに使う刺繍糸を作るときに必要)が切れたらセビリアに帰る予定であったが、カリカットで仕立道具が珍しいことに手に入ったので長く滞在している。

特に書くことがないので、今日は私の話す言葉について記しておく。
私はセビリア生まれであるが、両親はバルセロナ生まれである。
そのため私の言葉はカタルーニャの訛りがある。
「あっしの言葉はカタルーニャ訛りですぜ!」
こんな具合だ。(というロールプレイをゲーム中繰り広げています。)

カタルーニャ語はバルセロナ、バレンシアやパルマのあたりで使われている。セビリアでカタルーニャで喋っても通じない。
さらにあまり好ましくないとされる。(大航海時代での話。現在はどうかわからない。)
私はセビリアで育ったため、意識をすれば流暢にイスパニア語で喋れるが、日常では訛る。

ちなみに、両親の育ったカタルーニャの地域はカルタゴの名将、ハンニバルを輩出した、バルカ家の領土であった。カルタゴのことはハミルカル・バルカ殿の航海日誌を読めば深く理解できるであろう。http://hamilcar.blog64.fc2.com/

インドで酒とカレーを食べている。
なかなかうまい。いずれこれも日誌にて紹介しよう。
sake.jpg


さて、私の航海記録を読んだものは、ここで印を押すべし。




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